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今日は何の日?

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今日は何の日?

カテゴリ:日常のこと
東京大学のシンボル「赤門」が建てられた日


出典 //japan-web-magazine.com/japanese/tokyo/akamon/index.html

正式名称は【旧加賀屋敷御守殿門(赤門)】
  文政10(1827)年11月27日建立

赤門の呼名で広く一般に知られているこの門は、元加賀藩上屋敷の御住居表御門であった。明治36年現在の位置へ移されたが、元は15メートルほどキャンパス寄りに位置していた。明治30年頃から始まる医科大学の建設のためであったという。文政10(1827)徳川第11代将軍家斉の第21女溶姫は、加賀藩第13代藩主前田斉泰に輿入れした。赤門はこの時溶姫を迎えるため建てられたものである。江戸時代における諸侯邸宅門の非常に座れた遺例として、昭和6年国宝に指定されている(現在は重要文化財)。中央は中心の柱から屋根が少しずれる薬医門の型式で、切妻造、本瓦葺となっている。その左右に唐破風造本瓦葺の番所を置いている。このような例はあまり多くない。 さらに海鼠塀本瓦葦の繋塀が、左右に配されて、加賀百万石にいかにもふさわしい豪華な構造と構成を誇っている。しかも、赤門の名が象徴するように、鮮麗な朱漆が若く華やかな溶姫のイメージを見るものに呼び起こすのである。

出典 //www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/b07_04_a.html より

そもそも東京大学の敷地が「元加賀藩上屋敷」だったのを知らない人も多いのではないでしょうか?
東大病院のある敷地は富山藩と大聖寺藩、弥生キャンパスと浅野キャンパスの大部分は水戸藩でした。これらの屋敷地は、明治維新に際してほとんどが新政府に収公され官有地となり、そこから現東京大学医学部の前身「東京医学校」と「東京開成学校」を統合して(旧)東京大学が発足します。

ここから先※旧制東京大学から帝国大学、新制東京大学になるまで色々あって全部は書けないので機会があればまた...
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